他人(タニン)事ではありませぬ‼ 第3回

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はじめましての方は、初めまして。

知っている方は、おはこんばんちは。

GCCX公認ニセ課長のタニンです。


前回はあの大ブームとなったゲーム機の誕生前まで書きましたが、今回はいよいよその時代のお話です。


1980年‥遂にあの携帯ゲーム機の登場です。

そう、任天堂から発売された「ゲーム&ウォッチ」です。

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イメージ写真提供:メディアマックス

今では言わずと知れた「ゲーム&ウォッチ」ですが、おもに電卓のイメージだった液晶画面をゲーム機に使用した薄いカード型は、それまでのLSIゲームと較べると画期的なスタイルでした。


価格は5,800円と当時の大卒初任給が10万ちょっとだった事を考えると娯楽グッズとしては中々のお値段。

因みにその頃の相場は電卓が大体4,000円でデジタル腕時計が1万円ほどだったと思います。


今ではこれらも百均で販売されているありふれた日用品ですが、あの時代のデジタル製品が如何に最先端かつ贅沢品だったかが分かりますね。


もちろんあの頃の自分にとっても耳慣れない「デジタル」という響きと非日常感に、どことなく憧れが有りました。

そんな「ゲーム&ウォッチ」のCMは毎週火曜日に放送していた「ドリフ大爆笑」の枠で観ていたと記憶しています。

「いつでもゲームウォッチ、

どこでもゲームウォッチ、

だれでもゲームウォッチ♪」

というフレーズが印象的で「マイクロコンピュータ、ゲームをしない時はデジタル式クォーツ時計」と子ども心をくすぐる単語がバンバン飛び交い「やってみたい、欲しい!」という欲求が出てきました。

ただCMを観てみると、プレイしている人達はサラリーマンや高校生等の姿ばかりで、実は子供の姿が無い事に気付きます。

任天堂としては大人をターゲット開発にした商品だったため、まさか子ども達の間で大ブームが来ようとは想定外だったという事を後になって知りました。「ファミコンとその時代」という本によると、「販路がデパートの玩具売場や玩具専門店だったため、大人の男性が常時立ち寄る場所ではなかった」とありますが、確かにデパートのおもちゃコーナーで母親の買い物を待っている子どもにとって恰好の時間つぶしになったことは想像にかたくありませんね。


さて、ここでタニン少年は直ぐにゲームウォッチに飛びついたかと思った読者も多いでしょうが‥

実は別のモノにハマっていました。

それはルービックキューブとガンプラです。


ルービックキューブ、6面体の色を揃えていく単純な立体パズルでしたが瞬く間に大流行、ゲームウォッチに較べれば値段も手ごろな2千円位なので我が家でも購入してもらえました。


大ブームで品薄状態になったのを受けて、ツクダオリジナルから発売されたものだけでなく偽物も多く出回りました。しかしうちにある本物はクルクルとスムーズに回転できるのに対して、触らせてもらった偽物は回すのがいちいち硬くて如何にも粗悪品といった貧相な作りでした。

学校ではゲームウォッチよりルービックキューブを持ってくるクラスメイトが多く、昼休みは皆んなコレに集中していましたね。

ただ、自分は結構苦手で今だ全面クリアには至っていません(汗)

そしてついに、学校で誰でも全面色が揃えられるというある技も発見されました。

その方法は‥「キューブを分解する」という荒業です。

周りがこれを始めたことにより「クリアする」という意欲が無くなり、自分の中で次第にブームは過ぎていきました‥

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後のファミコンでも「無敵技」が発見されるとエンディングまでが「作業化」してしまい、自力クリアの楽しみが半減するのですが、それに近い感じですね。



そして次にハマったのが「ガンダムとガンプラ」です。

元々、小2の頃からミリタリー模型に興味が有り戦車とか戦艦を作っていました。

ある日、馴染みの模型店に行くと「劇場版ガンダム」のポスターが貼ってあり、模型店の店主に聞くと大人気でプラモデルは即完売とか‥

自分には興味が無いな‥と思っていたら模型情報誌「ホビージャパン」にそのガンダムのプラモデル、通称「ガンプラ」のジオラマが掲載されており正に目から鱗、こんなに凄いのか‥と感動し、そこから戦車のプラモに別れを告げ「機動戦士ガンダム」

「ガンプラ」に流れていく事に‥

以降「機動戦士ガンダム」の再放送は毎回チェック。

品薄だったガンプラも「何処何処に入荷する」という子どものネットワークを駆使して朝6時頃にその店に行くとすでに100人以上の大行列。

買えるかどうか店頭で確認するまで分からないので並んで待ち、いざ買おうと思ったらホワイトベースやムサイなど戦艦モノしか残っていないという事も多々有りました。

そんなある時、隣町の面識の無い小学生に声をかけられました。ガンプラの箱を小脇に抱えて自転車に乗っていた彼に「ガンプラが手に入ったから売ってあげるよ」と言われ、持参していた「ザク」と「グフ」のプラモを譲って貰う事に。「ガンプラまがい」も横行していた当時、ホンモノの「ガンプラ」欲しさになけなしの600円を払うと、次の瞬間自転車は何故か一目散に去って行きました。

不可解に思いプラモの箱を開けると‥そこ入っていたのはランナー(プラモを作る時に出るゴミパーツ)だけが。

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要は騙されたんですね‥泣きながら追いかけましたが結局逃げられ、交番に事の説明をして帰りました。

母に話すと「アンタはバカなんだから!」と怒られるという苦い経験も有りました。


さて、そんなガンダムブームに流されていったタニン少年‥

このままゲームウォッチに触れる事無く小学校生活が終わるのか!?

この後、ある学校での出来事とゲームウォッチの出会いによりゲームに再び触れ合う事に‥

この続きは次回に続きます。

8月号に続く


この記事へのコメント

  • BlueGix

    初めまして。
    当時のガンプラブームは漫画「プラモ狂四郎」でも語られてましたね。
    友人らと「なんで当時はボールなんかあんなに欲しがったんだろう?」という話で盛り上がったり。
    そういえば「友人に譲る約束しながら惜しくなって親が捨てたことにして約束を反故にした」知人の話もありました。
    ガンプラ恐喝なんかもあったなぁ・・・。

     ゲーム&ウォッチは値段的に子供向けじゃ無いと思ってたんでしょうね。
    のちのファミコンが「子供向けだから出来るだけ安く!」と開発されたのとはえらい違いでしたが。

     ルービックキューブはこっちでも「解体して再組立して6面揃える」という裏技が流行ってました。
    コピー品は中の造形が適当でビックリしたものですが。

     俺はゲーム&ウォッチは友人らが持ってたのを交換してやってましたね。
    誰か1つはゲームを持ってたから、自分のを貸して代わりに借りて・・・結構な種類を遊びました。
    でもやはり「誰も持ってない」ゲームもあって・・・。

     さて、次はタニンさんのゲーム&ウォッチとの出会いですか。
    どんな事があったか・・・期待してます。
    2018年07月29日 13:56